努力は天才に勝ち得るか【映画ブルーピリオド感想】
映画にはいろんな見方があると思います。やとらの顔面よすぎワロタ、生みたい、育てたいと思考停止する傍ら、タイトルの論点について必死に考えました。せっかくなので書いたら、やたら長くなりましたが。※原作アニメ未視聴なのでお手柔らかに。
▼俺は天才にはなれない。やった分しか上手くならない。だったら、天才と見分けがつかなくなるまでやればいい。
八虎は自分自身のことを「天才」ではなく「凡人」と認識していたのだと思います。このセリフは、デッサンを描くのが初めてにもかかわらず、八虎よりも遥かに高い技術力を披露した高橋くんを前にしたときに発せられます。「凡人」である八虎と「天才」である高橋くん、という構図。
その後、八虎は、美術の先生にけちょんけちょんに言われながらも、スランプに陥りながらも、何枚も、何枚も、何枚も、何枚も、絵を描き続ける。この八虎を支えていたのが「ただ、純粋に絵が好き」という気持ちだったのではないか。
▼「情熱」は、武器だ。
私は、この映画の“「情熱」は、武器だ。”というコピーを見たときに、「好き」の気持ちがすべてを凌駕する、そんな映画だと思っていた。
でも、実際ストーリーとしてはもっと複雑で、「ただ純粋に絵が好き」というだけでは、八虎が藝大に合格することも、天才と呼ばれる人たちと肩を並べることはなかったということを描いていたので、私は好きだった。
「好き」という気持ちが連れてくる、高いモチベーション、失敗を乗り越える気概。油絵のロジックの勉強、それができる環境、自分以外の多くの作品を目にする機会、そこに踏み込むと決めた勇気。
これらを総合して「情熱」と呼ぶのならー。
▼努力は天才に勝ち得るか?
では、情熱を武器に努力し続けた凡人は、天才に勝ち得るのか?
※「勝つのが全てではない」という論点は「一旦」横に置かせてください。映画の主題である藝大受験を突破するには少なくとも他者との競争が必要であったと仮定します。
藝大受験当日、高橋くんは八虎の描いた絵を見て「むかつく。努力と戦略性なんて、勝ちっこないと思ってたのに。」(ごめんなさいここセリフうろ覚えです)と八虎に言い放ちます。このセリフは、高橋くんの八虎への敗北宣言と、私は受け取りました(結果高橋くんも藝大合格するのですが)つまりこれが八虎の「情熱」と「努力」が、「天才」に勝った瞬間、と捉えることができそうです。が、
ここで、もうひとつの論点を持ってこれそうです。
▼八虎は天才ではなかったか(ちゃぶ台ひっくり返し)
私からしたら八虎も充分天才です。「縁」というテーマ課題で、真っ赤な絵の具で金属の絵を描いたとき、ちょっと私には理解不能でした。芸術の世界において「常軌を逸したアイデアを持っている人」を天才と呼ぶのなら、八虎も天才であったのではないか。そして「努力の天才」というのも、また存在する。
しかし、ここで念頭に置いておきたいエピソードがあって、八虎は「縁」という課題を何度か提出しています。
1度目は糸の絵を描き「ありきたり」と酷評され、改善するにはいろんな絵を見るといいとアドバイスされます。そして、美術展で見た絵にインスピレーションを受けて描いた絵は「見え透いてる。本質を何も分かってない」と高橋くんに笑われます。そして最後に描いたのが、真っ赤な金属の絵でした。この絵も、高橋くんより高い順位をとることになるので、八虎が高橋くんに追いついた瞬間のひとつであると捉えることができそうです。
「天才」という領域に達するためには、いろんなパラメーターがあって、「才能(センスみたいな感じで捉えてください)」「努力」「情熱」「環境」「運」そのほか諸々。天性の才能で勝つヤツもいれば、努力でカバーする天才もいる。総合点が〇点を超したら合格だけど、各項目も〇点以上でなければならない。そんな感覚に近いのかな。ただ、どんな分野でも、その初期値がバグってるやつがいるという感想をネットで見て、その観点もなかなか面白そうだなと思いました。
だから、私は、八虎も天才だったと思います。情熱を武器に、天才と呼ばれる人たちと肩を並べた天才。
つまり、「努力は天才に勝ち得るか?」という論点に関する私なりの答えとしては「努力は、天才になり得るためのパラメーターのひとつでしかない」ということです。
▼でもやっぱり「化け物」はいる
先ほどの初期値バグりもそうですが、たぶん、世間に「天才」と呼ばれる人たちって、それ以外を見ている隙がなかったり、周囲と比較して落ち込むまでもなく打ち込めたりする人のことなんだと思います。
―「飛雄の天才っぽい所は技術とかより多分バカな所だよね。普通なら躊躇う所を迷わず突き進む。それが良い方向でも悪い方向でも」―『ハイキュー!!』及川徹
▼「天才にはなれない」という言葉
私は「天才には勝てない」「上には上がいる」「結局親が金持ちかどうか」みたいなことを頻繁に言うひねくれものです。けれど、彼らよりもパラメーターの値(努力含む)が劣っているだけ、と考えれば、「天才」という言葉を、存在を、もう少しフラットに捉えることができそうです。私にとって、そんな映画でした。
ちなみに私の推しメンはユカちゃんなので、そのへんについてもまた書けたらいいな。
イグザンプル【自己理解プログラムやり直し日記】
「めいこさんのやりたいことって?」
私「新しい気付きを得る、常識をこわす、本当のことを書く、です!」
「ふーん、新しい気付きってどんな気付き?」
私「どんな?えーっと…。」
やばい、まじで恥ずかしい。こんな質問にも答えられず何がやりたいことだ。やり直せ。ということで、自己理解プログラム居残り生、今日もやっていきます。
▼修了当初
やりたいこと:文学作品を通じて、新しい気づきを与えて、当たり前をぶっ壊せ!
→は?まじで意味不明である。
▼過去進捗
実現手段についてひたすら考える。
X投稿!めざせYoutuber!セミナー開催!って、安直に飛びついてしまったら、最適な選択肢を見失う気がした。だから、実現手段をフラットに比較し、手段の目的化を防ぐためにも、まずは「大事」をがちがちに固めた。(発信神話に嫌悪感がなかったと言えば大嘘になる)その結果、
大事(仕事の目的)→新しい気づきを得る 常識にとらわれない 本当のことを書く
そして、実現手段とは下記3つの組み合わせで、大事(仕事の目的)に向かうためのもの
・やりたいことができる場所 会社/フリーランス/実家/一人暮らし/田舎/都会 etc.
・やりたいことができる媒体 SNS/そのほかメディア/リアルイベント etc.
・やりたいことができるコンテンツ(ツール、プロダクト) 文章/音楽/数字/データ/スポーツ/グルメ etc.
▼本日進捗
大事(仕事の目的)の解像度を高める。
【大事なこと修正中】
・新しい気づきを得る → どんな気づき? → 生きる上で生じる悩み ex.仕事、人間関係、自分の気持ち
・常識にとらわれない → どんな常識? → ex.ネットニュース、本、SNSに書かれていること、他人の意見、
・本当のことを書く、伝える → 本当のことって何? → ex.ネットニュースや本に書かれたことの鵜呑みにしたのではなく自分から生まれた感情、なんとなく発信した感想ではないオリジナルな表現
【大事なこと修正後】
・生きる上で生じる、仕事・人間関係・自分の気持ちに関して悩んでいる人に、新しい気づきを与える
・ネットニュース、本、SNSに書かれていること、他人の意見にとらわれない、疑う視点を持つ
・ネットニュースや本に書かれたことの鵜呑みにしたのではなく自分から生まれた感情を書いたり、伝えたりする
▼最後の、そして最強の
修了当初の「文学作品を通じて、新しい気づきを与えて、当たり前をぶっ壊せ!」に比べたら格段に良くなった気がする。解像度を上げるのにお付き合いいただいたフォロワーさん、本当にありがとうございました。自分から生まれた感情が、鮮度そのままに伝わらないのはもったいないので、引き続き解像度をあげていきます。解像度あげるハックとして一番気軽に出来るのは人に見てもらうことだと思います。
「好き」を、こうやって表現した、あこがれの先生みたいに。
―愛しいよりも、いじめたいよりも、もっと乱暴な、この気持ち。『蹴りたい背中』帯より抜粋
自己理解プログラム修了生のお悩みぶった斬ってみた
「自己理解プログラム修了しました!自分らしい答えが出せました!」
…で?
現実はなにひとつ変わらず、大事、得意、好き、がなんとなく定まった、定まっただけの、こじらせ女子が爆誕しただけであった。
同じように悩んでる修了生に、なにか「きっかけ」を与えられればいいと思って、めいこのお悩み相談室を開催しました。
▼相談内容
・自己理解プログラム終了後、やりたいことをやっていたら友人に「ダサい」と言われた。客観的に見て、自分はダサいんじゃないかと不安
・ダサくてもいい、やったもん勝ち、遅い青春を謳歌しよう、と心では思っている
・自信がなくなった。どんな曲を弾いたらいいかわからなくなった
▼キレ味のある文章を書けるやつ、だと思われたかった。
たぶん彼は「スマートでありたい」ひらたく言えば「かっこよく思われたい」ってことなんだと思った。だってダサくてもいいと言っているわりに、ダサいと言われて腹が立っている。
ムカついたってことは自分がそう思われたいってことだ。そういう負の感情には敏感になったほうがいい。(と私は思っている)なぜ嫌なのか、なぜ不快なのか、なぜ受け入れられないのか。
最後までやり切る人だと思われたい人は、根性なしだと言われることに、
頭がいいと思われたい人は、バカだと言われることに、
変わってると思われたい人は、普通だねと言われることに、腹が立つ。
―人の原動力って、大概幼稚なんでねぇの? 『ハイキュー!!』天童覚
▼
じゃあ、だ。「かっこいい」と思われるにはどうするかを考えたらいいんだと思う。
―「自信がありません」ってセリフはすなわち「私は一切努力をしていません」「慰めてください」と同義だ。 『藤原華|編集者のブログ』より抜粋
彼はエレクトーンを弾いていた。大きな会場で演奏をするのが夢だと言っていた。
Youtubeで「エレクトーン」と検索してみてください。それが世間が求めているものです。残念ながら、それが世間の答えだ。流行りの曲のカバー、顔が可愛いコスプレーヤーの奏者。それを受け止めるしかない。彼は男性だから、フリフリドレスのコスプレはできないにしろ、カバー曲なら弾けるだろうか。
▼正当防衛
彼はカバー曲を弾くのを逃げだと言った。わかる。私だって、読者に媚びるような文章を逃げだと思っていた。自分のやりたいことを世界に届けるためには、世界に届く形に変換する必要がある。もう、そこからは逃げてはダメなのだ。そこから逃げない努力は別に媚びでもないし、ダサくもない。私はそんなことに気づくのに28年もかかった(長すぎる)そして、その「変換」は、決して簡単なことじゃないということにも、だ。「読まれる文章とは」と、人生で初めてくらいに検索してみて、こんなに骨の折れることなのか、と思い知った。ああ、でも、ちょっと、やってみたい。
私はその価値観を自分の中に大事にしまっていたつもりで、誰かに届かなくてもいいことに甘えていた。いつか強烈なファンがあらわれてくれて認められるのだと自惚れていた。価値観は、得てして、自分を正当化するための言い訳にもなり得る。
▼最初は「趣味」でいい
気休めを書くが、だからといって、世界に溶け込みすぎると、価値観の輪郭が分からなくなるので、たまには自分のためだけにしたっていい。それが当たったらラッキーだけど、残念ながらその可能性はゼロに近いのだ。
終わり。あ、ブログタイトル変えました。
キス・ミー・パティシエ
▼瞬間湯沸かし器
「思ったことすぐ言っちゃう人器小さすぎ」ってポストが流れてきてがびーんってなった。
「瞬間湯沸かし器」、「増税メガネ」と同じくらいの殺傷能力だなと思ってちょっと関心した。そりゃそうだ。おっしゃるとおりだ。本当にごめんなさい。
▼火の玉ストレート

「瞬間湯沸かし器」にも程度があるのだけど、思ったことをすぐ口に出す、その内容が「好意」でさえあれば、瞬間湯沸かし器だって「ストレートな好意をサラッと表現できる人」になりはしないか。
私はありがたいことに、友人には「あんたに褒められると自信つくよ」とか言ってもらえる。たぶんそれは私がお世辞を言わないからだ。場の空気を読んで発言することをしないからだ。(と解釈している)
▼「私が正しい」論争からの脱却
こういうポストが多くなった。

私はこういう文章を見るたびに不思議に思うのだけど、
この文章だって自分の意見が唯一正しいと主張しているではないか、と。
それがうざったいとか、そういう話ではない。なんというか、信条の話なんだろうな、と思う。不確実な時代に、正解はないと知りながら、やっぱりどこかで「認められたい」という本能。個人の属性を、世界に受容してもらうためには、どうしたってそれ以外を抑圧せざるをえなくなる。そして、瞬間湯沸かし器が、「ストレートな好意をサラッと表現できる人」になりえるように、物事は非常に多面的で、見えているのは一部分にしか過ぎない、ということを、私はいつだって憶えておきたい。
▼愛
ここまでで、なにかしら考えてくれた方が
「何を主張しようと、誰かを否定することになるのなら、何を言わないでおこう」とか「この主張も、ほかの側面から見れば…」とかいう悩みをきたしては申し訳ないので、最後にこれだけ言っておく。これは私の好きな小説の一節です。
「俺は、俺がどうして恋人のことが好きなのか分からなくなるときがある」
「私(この女の子は先の台詞の男の子に振られています。)、君のためなら両目で針をつけるよ。これで恋人より私を好きになる?ならないでしょ。
だから、思い悩む必要なんてないよ。」
好きなら好き。嫌いなら嫌い。それ以外に大した理由などないので、
「だから、思い悩む必要なんてないよ。」
桜の木をぶっ倒せ【修了生開催セミナー感想】
▼自己理解プログラムの型を(敢えて)壊す
なんか最後のへん、大事×得意×好きに沿って、〇〇(好き)を通じて、△△(得意)を使って、□□(大事)を実現する!みたいな感じで、機械的につなげるSTEPあんじゃん。
たぶんあれ機械的に繋げるメリットは、誰でも同水準のアウトプットができること。それなりに納得感もあるしね。
だけどデメリットがあると思う。型にはまりすぎて、〇〇(好き)のジャンルにこだわらなきゃ!とか、私は△△(得意)で勝負しなきゃ!とか、□□(大事)という価値を届けなければ!とかなっちゃうことじゃないか(現に私はなった)
□□(大事)を実現するために、なにがそれに適しているジャンルなのか、スキルなのか、なんてきっともっと偶然的だ。
▼『主観』が鍵
情報発信は『主観』が鍵だ、って学んだ。
あなたが思ったことを書けばいい、って学んだ。
その主観が、誰かを傷つけることを恐れて、みんなが遠慮したり配慮したりしてることを知った。
▼あのルイヴィトンだって炎上する
誰かを傷つけない主張など、もうこの時代には存在しないのではないか。
配慮に配慮を重ねたホイップクリームよりもやわらかい言葉だって、地球の裏側の誰かを傷つける。あなたの投稿したスターバックスの写真に、心を痛める人がいるかもしれない。嫌悪感を抱く人がいるかもしれない。
▼桜の木をぶっ倒せ
幸い、私は自意識とプライドの高いうんこなので、遠慮も配慮も知らず、好き勝手つぶやいている。主観のナイフまみれである。
しかし、正しい情報発信の方法とやらはよく知らないで書いているので、わかりにくい文章も、変な表現も、つまらない物言いもたくさんある。
でも、好き勝手つぶやいていい代わりに、たったひとつ自分に課しているルールがある。
あなたの言葉を使え。
「なるほど」「確かに」「共感しました」は禁止。
桜の花は、眺めて「綺麗だね」と笑い合うのが普通である。
だけどそんなのはつまらないから、木の幹をキックしてなぎ倒してみないか。
私にとっての『主観』って、そんな感じだ。
エトセトラ【自己理解プログラムやり直し日記】
自己理解プログラムをやり直していました。
▼やり直し結果発表
やりたいこと(めいこの場合)
気付きを得ていたい
当たり前を壊したい
本当のことを書きたい
▼趣味と仕事の接続
趣味は自己満足/仕事は価値提供だから
やりたいこと→仕事にする上で、
(※ここで言うやりたいこととは、ニアイコール趣味であり、義務であり、使命感に駆られること)
それができる場所 会社/独立/実家/一人暮らし/田舎/都会 etc.
それができる媒体 SNS/他メディア/リアルイベント etc.
それができるツール(コンテンツ、プロダクト) 文章/音楽/数字/データ/スポーツ/グルメ etc.
つまり
場所、媒体、ツールを巧みに組み合わせたものが実現手段。
やりたいことは、下記の順番で仕事になっていくわけであり、発信はあくまで実現手段の一部に過ぎない(ここ大声で)
①やりたいこと→②実現手段→③仕事
▼「手段の目的化」を否定しない
お笑い芸人が「笑いを届けてみんなを幸せにしたい」って思って、SNSを使うことも、M-1優勝を目指すことも、何も思わない。
けど、
そのために、お笑い芸人がビジネスアカウントになったら笑っちゃうし、世間に迎合しにいったら悲しくなっちゃう。(尖ったネタやれって言ってんじゃない。賞レース優勝するために戦略的に練られたネタはごまんとあるし、美しいとさえ感じる。)
▼「本当のこと」を聞かせてほしい
上位目的に、やりたいことがあって、そのための手段として、情報発信に全力疾走できるひとはどうぞそのまま突っ走るか、できればこのブログにアンチコメントでも残してほしい。
手段に囚われて、やりたいことがブレそうになってるひとは、一回立ち止まっていい。
@meiselectに「わからない」「迷っている」「なんか嫌だ」ってリプください。祝福します。なぜなら、それは「まぎれもない事実」だから。
上位目的ぶらさずに情報発信してるひとと、そうじゃないひとは、見れば分かるでしょ。
▼濁流のなかの止まり木みたいなもの
私は、周りの情報に影響を受けやすいから、自分の軸を保つことが難易度の高いことなんだよね。
だから、この情報の波に流されそうになったときに、立ち止まることのできるスタンダードが、あればいいなと思うわけよ。このブログが、そんな止まり木になっていれば良いな、と思うよ。
それにしても、
みんながカレーライスを食べてるのに、自分だけカレーライスが嫌いで食べられない、という状況は結構つらいね。